前にも紹介したカウリスマキDVDの第2弾です。
今回の作品も前作同様、味わいのある作品のラインナップで、前以上にカウリスマキ・ワールドに嵌(はま)ってしまいました。
特に『白い花びら』は私が始めて体感した無声映画で、全編そのシーンに合った、ある時は軽快なそしてある時は重厚な音楽で観せる作品でした。
シーンの合間に字幕が出るのですが、それも稀な事で、殆どが役者さんの仕草や表情で次なる展開を読み取らなければならないのですが、ストーリーは至って単純なので始めてでも比較的イージーに作品を楽しむ事ができました。
台詞や説明がなくても、よくもまぁこんなにスムーズにストーリーが進行するもんだなぁ~と感心しました。
一方、『愛しのタチアナ』は、台詞こそあれサイレント映画を観ているようなシーンばかり!
女性2人の前で中年野郎2人は殆ど会話をしません!
ただひたすら、4人がダンマリを決めているシーンばかりで途中で笑えてきました。
しかも1人はコーヒーばかり飲んでいるし(それなのに太っている?)、もう1人はウォッカをラッパ飲みしてばかりで、彼らの女性2人を車に乗せた目的が分からず、そこが又笑えるんですよね!
ここで簡単に2作品の内容を
まずは『白い花びら』
主人公のユハとマルヤの夫婦は、小さな村で野菜を育て、仲睦まじく暮らしていた。
そこに都会人の伊達男シェメイッカが現れ、妻を誘惑する。
彼女は男と都会に出るが、憧れは絶望に変わっていく。
そして孤独なユハは、ある日斧を手にして都会に向かう。
そこでユハは・・・・・
って感じです。
続いて『愛しのタチアナ』
自動車修理工レイノ(ペロンパー)と仕立て屋バルト(ヴァルトネン)のボンクラコンビは退屈な日常からちょっと抜け出してみようと、オンボロ自動車で旅に出る。
途中、二人連れの女性と出会う。
タチアナ(オウティネン)はエストニアの女。
もう一人はジャガイモ畑で働いているというロシアの女。
ほとんど言葉が通じないのと、もともとの性格とによって四人の旅はこの上なく寡黙だ。
ボンクラ男組は二人の時はしょうもないオヤジギャグをとばすこともあるが、これが女がいっしょとなると、ほんとになんにもしゃべらない。
会話らしい会話をしない。旅の途中、四人はおそろしく殺風景なレストランで食事をとるが、レイノは黙々とウォッカを飲み、バルトはひたすらコーヒーを飲むだけ。
ダンスが始まっても女を誘いもしない。
宿に泊まってもまったく手を出さないでさっさと先に寝てしまう。
男二人がめずらしく熱心に商店のウィンドウをのぞいている。何を見ているのかと思えば、ペンチなどの工具類。思わずロシア女は言う「フィンランドの男ってバカみたい」
なんともバカバカしいまでになんにもないのだけれど、それでも四人はいっしょに旅を続ける。
唯一、夜のベンチでタチアナがレイノの方に頭を寄せ、それに応えてレイノが彼女の肩に手をやるのが唯一のラブシーン。
寡黙な二人はそれでも互いに思い合っていたのだ。
ちゃんと恋が芽生えていたのだ。
旅は終わりを迎え、二人はいっしょに暮らすことになる。
とまぁ、終始中学生時代のWデートを見ているようでした。
『白い花びら』でラス前くらいにユハがシュメイッカの家に殴りこみに行くのですが、屈強な用心棒達が簡単にユハにやられてしまう様は滑稽でした。
悪役レスラーでもあんなやられ方はしないと思うのですが・・・・
ただ本質はユハは自分を裏切ったマルヤを許し、憎い男とマルヤの間に生れた赤子の命をマルヤに委ねます。
深い、深い、愛情です。
その愛情の深さをマルヤは受け止め、愛情は光となって赤子から発せられます。
「この子が光だ」は、そういう意味なのですね。
愛情が憎しみに勝って、それは希望になったのです。
よって、この映画は悲劇的体裁でありながら、それを乗り超える希望の映画なんです。
ただこの作品には上記に書いた夫婦愛とは別のテーマが隠されており、それは消費経済への警告だと思います。
子供のように幸せだった夫婦。
その夫婦の関係を変えたのはシュメイッカという男です。
シュメイッカが象徴するのは都会とアメリカです。
フィンランドだけではなく、第二次世界大戦後の多くの国にシュメイッカはやって来ました。
(アメリカは戦中、戦後を通じてアメリカの圧倒的な物量で消費経済をプロパガンダしました。)
都会とは、消費を中心に置く生活圏のことです。
現にシュメイッカが現れてから夫婦の生活に変化があり、その変化が夫婦の間に溝を生む結果になってます。
そして消費と言う甘い蜜に釣られマルヤは家を出て行きます。
それを象徴しているのがマルヤがゴミ捨て場で息絶えると言うラストシーンで見事なまでに表現されてました。
まったくもって素晴らしい構成力だとつくづく感心しました。
続いての『愛しのタチアナ』ですが
この作品では監督の幼少時代の生き様が垣間見れた感じがします。
退屈な日常生活から開放されたいと思っていてもなかなか行動に移せず、ただただ呆然と一日が過ぎていく!
それが嫌で一念発起して旅に出て、初めての世界に飛び込んでいっても、なかなか自分を表現できず挫折してやがて帰路につく。
一緒に飛び出した友人も自分と同じだろう思い、フッと隣を見ると友人は自分よりも遥か先を歩んでおり、やがて一人ぼっちになった自分に気づくのである。
そこには自分に対しての劣等感しか残らない。
そんな監督の経験を2人の男を通じて表現しているようです。
私も経験がありますが高校時代に友人と当時のディスコに行きナンパをするのですが女の子となかなかコミュニケーションがとれず自分だけ1人寂しく始発の電車で帰った事が・・・
それは寂しかったです!
そんなほろ苦い経験を呼び戻してくれた作品でした。
またタチアナが使用していたカメラや車に取り付けられていたヘンテコなレコードプレイヤーって初めて目にするアイテムで、思わず『欲しい~』と思ってしまいました。
これだけ語れるカウリスマキ作品ってやっぱり素晴らしいと感じたところで本日はお開きとします。
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