Alex Rodriguez auto card Gallery 2007年11月更新

  • 2007 Topps Alex Rodriguez Road to 500 Autographs
    ライフワークとも言えるAlexRodriguez選手のAutoカードのコレクションです。 本ブログにて紹介してきたカードをUPしていきます。

日本人プレイヤーGallery 2007年12月更新

  • 2007 Bowman RC AU #219c
    手元にある日本人プレイヤーのカードを紹介します。 とりあえずこのブログで紹介したカードから順に並べていきますがその後は不定期に更新するのでご覧下さい。

JD Drew Card Gallery(不定期に更新します)2007年11月更新

  • 2000 Fleer Focus Fresh Ink
    JDドリューに関してはレギュラーカードからフルコンプを目指しています。 とは言っても最近レギュラーカードにもリストアップされない事が多いので残念です。

任務完了Ⅰ 2000 Topps HD

  • 2000 Topps HD Cal Ripken Jr
    2枚でコンプリのこのシリーズですが、ジーターが1:859、リプケンが1:4386と高オッズのカードです。

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2006年3月24日 (金)

頑張って欲しいもんです!

WBCで盛り上がっていたこの3月に1人の男が人生における決断をして、日本球界入りを熱望しています。
(ごっつ古いネタやな!)

今の時点では具体的にどの球団に行く等の話はありませんが、本人は日本球界に興味津々の様です。

その選手の名は・・・・

リチャード・ヒダルゴ選手です。

img313 ←1999 SP Authentic Chiography Richard Hidalgo

ヒダルゴ選手のAutoカードです。

1999年の頃は将来を期待された選手でした。

しかし最近の彼は・・・・

そんな彼はベネズエラで生まれ、16歳の誕生日(1991年7月2日)にアストロズと契約を結んだように子供の頃から将来を嘱望されていた選手でした。

1992年のルーキーリーグでは51試合に出場して打率.310をマーク!

翌1993年には1Aで111試合に出場して打率.270、ホームラン10本、55打点、21盗塁をマーク、また外野手として30捕殺を記録し強肩強打の外野手として認められました。

1994年は1A、1995年と96年は2Aで安定感のある成績を収め着実にMLBへの階段を上がっていきました。

メジャー昇格も時間の問題と思われていた1997年、開幕は3Aからでした。

3Aでは134試合に出場し、打率.279、11HR、78打点と好成績を残すと、8月31日にメジャー昇格を果たしました。

地区優勝を巡って戦うアストロズに加入し、19試合の出場で打率.306と勝負強い部分も垣間見せた。

更にチームも地区優勝を飾り、いきなりポストシーズンも経験する幸運にも恵まれました。

1998年は初めてメジャーでフルシーズンを過ごしましたがセンターのポジションをカール・エバレット選手と分け合う形でプレーしていたヒダルゴ選手は、前半戦に怪我で約7週間もの間、チームから離脱!

3Aでの調整を経て、メジャーに戻ってきたヒダルゴだが、結局は74試合の出場で、打率.303、7HR、35打点という数字に終わっている。

1999年、終盤の2ヶ月は左膝の負傷で棒に振ってしまう結果に終わってしまう。

実力は周囲の誰もが認めながら、大振りが目立ってしまったヒダルゴ選手!

結果的に108試合の出場で、打率は.227と急降下。そんな中でも、故障者リスト入りする前まではリーグトップの15捕殺を記録するなど、潜在能力の高さを見せました。

打者有利の新球場に本拠を移した2000年、ヒダルゴがついにブレイクした。

チームの投手陣は大暴落を繰り返す中、ヒダルゴ選手のバットは火を噴き、152試合の出場で、打率.314、44HR、122打点と全てでキャリアハイをマーク。

この年、47HRを記録しているジェフ・バグウェル選手と共に球団史上初の40HRコンビを形成。シーズン中にはモイゼス・アルー選手とトニー・ユーセビオ選手と共に球団タイ記録である3者連続HRも記録している。

さらに2塁打は42本を記録しており、HRと共による「40-40」を記録したアストロズ史上2人目の選手となりました。

真価が問われた2001年、開幕からセンターの定位置を確保するが、見事にスランプにはまってしまった。

終わってみれば、146試合の出場で打率.275、19HR、80打点という結果しか残せずにフィニシュ!

2年ぶりに地区優勝を果たしたアストロズの中で、ポストシーズンにも出場するが、わずかヒットを1本しか打てず、台頭著しいランス・バークマン選手にお株を奪われ肩身の狭い思いでシーズンを終了しました。

2002年も2001年同様スランプに苦しみジ・エンド!

しかもこのオフに母国ベネズエラで左腕を撃たれるアクシデントに見舞われたりで最悪だったのですが2003年には141試合に出場して打率.309、28ホーマー、88打点とプチ復活を遂げました。

2004年は再度スランプに陥り、シーズン途中でニューヨークメッツに移籍しますが満足できる成績を収める事が出来ませんでした。

2005年は心機一転、アメリカンリーグのレンジャースに移籍!

しかし怪我により88試合しか出場できず、打率.221、16ホーマー、43打点でシーズンを終了しました。

近年怪我が多く、四球数が少なく打撃が荒いので日本で成功するかは難しいと思いますが強肩なので守備では貢献できると思います。

中日ドラゴンズのアレックス選手のように順応できれば、もしかしてホームラン王のタイトルも・・・・

もし日本のチームに入団したら野球を観る楽しみが1つ増えます。

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コメント

いつも思うけどヒダルゴってドラクエの呪文みたいだよね。まだまだガンバってほしいぞ。

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