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2006年2月16日 (木)

観て何かを感じろ!『ホテル・ルワンダ』

本日は映画の話です。

前から観たいと思っていた『ホテル・ルワンダ』を海浜幕張まで観に行きました。

img298
海浜幕張のシネプレックスは初めてだったのですが、割引クーポン券で¥200引きだし、立地がよく駅前にあるしミニシアターにも力を入れているので、良い映画館と言う印象でした。

ここも全席指定のようです。

映画のストーリーに関して云々言う前にルワンダ共和国の歴史に関して説明します。

実は私も映画を観る前に歴史を知らなければ映画を観る資格が無いと思ったのでネットで検索して得た内容です。

ルワンダでは94年の春から初夏に至る100日間に国民の10人に1人、少なくとも80万人が虐殺された。

この死者は、比率からすればホロコーストにおけるユダヤ人の犠牲者のほぼ三倍になり、 広島、長崎の原爆投下以来、最も効率的な大量虐殺だった。

94年4月6日、フツ族のルワンダ大統領ハビャリマナを乗せた飛行機が何者かに撃墜され、フツ族によるツチ族の大量虐殺が始まった。

海外のメディアはそれを長年に渡る民族対立の結果と報じた。

実はこの大量虐殺は何年も前から計画されていた。

フツ族の支配層は新聞やラジオ、街頭演説などを通して反ツチ族の洗脳キャンペーンを繰り返し、フツ族の"十戒"を作って、 ツチ族と結婚したり、ツチ族を雇う者に裏切り者のレッテルを貼り、フツ族過激派を集めて組織的な訓練を行っていた。

しかしこの計画的な大量虐殺には歴史的な背景がある。

ツチ族とフツ族はもともと言語も同じで、遊牧民族である前者と農耕民族である後者の違いが、貧富の差を生み、階層を作っていたにすぎなかった。

ツチ族の所有する牛は豊かな階層のシンボルとなっていたが、フツ族でも豊かになって牛を手に入れればツチ族とみなされたということだ。

ところがそこに植民地支配者がやってきて神話を広めた。

その神話では、ツチ族は北のエチオピアからやって来た黒いアーリア人であり、よりヨーロッパ人に近い高貴な民族であるのに対し、 フツ族は下等な野蛮人とみなされた。

ルワンダは独立に至るまでにドイツ、ベルギーの統治下にあったが、そのあいだにこの神話が強化されていく。

民族を証明するカードの所持が義務づけられ、高貴とされたツチ族は権力をほしいままにし、フツ族は永遠にフツ族として生きていくしかなくなったのだ。

このツチ族とフツ族の立場は独立をめぐって逆転する。

ツチ族の支配者たちはベルギーと距離を置いて権力を維持しようとしたのに対し、ベルギーはフツ族支援にまわり、 フツ族によるツチ族の大量虐殺が行われ、ツチ族は周辺諸国に流出していった。

一方、隣国ブルンディではベルギーからの独立に際して逆にツチ族が権力の掌握に成功し、 92年に行われたフツ族の弾圧で生まれた難民がルワンダに流れ込み、このフツ族難民たちが94年の大量虐殺のときに大きな役割を果たしたという。

さらにルワンダ国内のフツ族も決して一枚岩ではなかった。

大統領を取り巻く北部のフツ族エリートたちが利権を独占したために、もう一方にたくさんの貧しいフツ族農民が存在していた。

政府は彼らが貧しい原因をツチ族のせいにし、彼らの不満がツチ族に向かうように仕向けた。

また、アフリカにおけるフランス語圏を守ろうとするフランスがこのフツ族政権を支援しているという背景もあった。

しかし93年、ハビャリマナ大統領は、亡命ツチ族からなるルワンダ愛国戦線の軍事的な圧力と民主化を求める国際的な世論に抵抗できなくなり、一党支配に終止符を打つ和平協定に調印する。

しかしこれまで一党支配で利権を独占してきたフツ族支配層が簡単にそれを放棄することはできない。

そんな状況のなかで大統領が何者かに暗殺され、ツチ族の大量虐殺が始まる。

それを単に民族紛争の結果と言えるのだろうか?

ここまでがこの映画の前の話で実際に起こったルワンダの歴史を簡潔にまとめたものです。

映画はホテルの支配人である主人公のポール(フツ)と彼の妻のタチアナ(ツチ)を中心に展開して行きます。

ツチであるだけで惨殺される光景を見たポールはどんな事をしても妻と子供を守ろうと決心します。

幸いホテルには平和維持軍が駐留しており、彼らの保護を期待してホテルに避難することにします。

また家を焼かれ親兄弟、子供が惨殺されて難民となった人々がホテルに次々と集まってきます。

そんな中、平和維持軍のオリバー大佐は『ヨーロッパ諸国が介入の準備を進めており、数日でルワンダに到着する』と話す。

数日後、ポールたちの元に待ちに待ったベルギーの国連軍が到着した。

しかし、それはルワンダ人を助けるためではなく、犠牲者の出ている国連兵士や職員、そしてルワンダにいる外国人を退去させるためのものだった。

それは、世界がルワンダに背を向けたことを意味していた…。

こんな絶望的状態におかれたポールの行く末は・・・・

そしてポールとタチアナの運命は・・・・

こんな感じでストーリーが展開していくのですが、作中に『世界の人々はあの映像を見て──“怖いね”と言うだけでディナーを続ける。』と死ぬ気で映像を撮影したカメラマンのジャックが言うシーンがあるのですが、たしかに夜中のニュース映像で大量虐殺のVTRが流れて、それを見た覚えがあります。

そしてそれを見た私は”怖いなぁ~”なんて思っていました。

ただそれだけでした・・・

こんな『対岸の火事』的な発想は正さなければと思うのにコロッと忘れてしまう自分が嫌いになります。

改めて”平和”とは何か?

を考えさせられる重い(想い)映画でした。

しかしこの様な映画を観ることによって、忘れてはならない事を再認識できるので、時間があれば是非観にいって欲しいと思う映画でした。

公式ホームページは→ http://www.hotelrwanda.jp/index.html

映画は観ない!って方もホームページを覗いてみてください。

きっとあなたも何かを思い考えると思います!

■おことわり■
「~族」という呼称は、差別を連想させるものとして、現在公式の場では使用されておりませんが、本ブログでは歴史観をわかりやすくするためにあえて使用しております。
ご理解いただきますようお願い申し上げます。


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コメント

ブラックな内容ですね。
ルワンダだけに。
ムルワカでてた?

おことわりに書いてある内容をみてびっくり。
『族』という呼称が差別を連想させるものになっているとは…。
俺ら『独身貴族』が世間から冷たい目で見られている理由が良くわかりましたよ。

オレ、友情出演してたのわかった?
逃げ惑うシーンなんだけど。
トミーは出てないよ。
松だけだよ。

わたぁしぃはぁ~コンゴ出身れぇ~す

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